てんりせいかつ

てんりせいかつ Vol/18
震災から8年、
見えてきた新しい境地。
―後編―

芸術文化
2019.08.13

第18回

彫刻家
安藤榮作 氏

「てんりせいかつ」では、天理で自分らしく暮らし、活躍されている方々を訪ね巡りご紹介していきます。今回は前回に引き続き、東日本大震災後に奈良県に移り住み、現在は天理で創作活動を行っている彫刻家の安藤さんです。天理に移住してからの心境の変化や今後の展望などをアトリエで伺いました。

天理は街全体の気が
「ピシッ」としている。

安藤さん曰く、天理は他の街とは何かが違う「ピシッ」とした“気”があり、それが非常に気持ちがいいとのこと。それはSNSに写真を投稿した時の周りの反応にも現れるという。「天理で紅葉の写真を撮ってアップすると、これどこの街なの?すごく綺麗だけどという反応がすごく返ってくるんです。何かピシっとしたものが見えるんでしょう。天理教の人たちが街を綺麗にしてくれていることも影響しているかもしれませんね」。人の営みが生み出す一種の空気感とは別に、ピシッとした“気”を生むもう一つの原因は山にあるのではないかと安藤さんは考えている。「天理は街のすぐそばに山があって、夜のうちに山の冷気が降りてくるのか、朝起きると街全体が山の空気になっているんです。空気が入れ替わっている。これは他の街とは全然違うんです」。人の世の様々な想念が毎朝リセットされる、街全体の波動が整えられているのかもしれない。

アートとしての自由さをとるか、
社会的なメッセージをとるか。

日本のアートシーンにおいては、社会的な活動や政治的な色などはつけない方がいいという暗黙のルールのようなものがある。ニュートラルにすることで作品としてのキャパシティが大きくなり、見る側が自由に鑑賞できる余地が広くなるからだ。東日本大震災で被災するまでは、安藤さんもその潮流の中で、それが当たり前だと思い活動をしてきた。ところが最近になり考え方に変化が起きているという。「思い切り地震と津波と原発事故に巻き込まれた作家として、それらの出来事を抜きにはもう考えられないんです。一方で社会的なメッセージをコンセプトにするアートにはどこか抵抗感があったので、震災後8年間ずっと自分の中で整理がつかないままだったんです」と安藤さん。そんなこともあり、震災後に震災関連の展示会に誘われた時は、なるべくポジティブなエネルギーが感じられる作品を提示してきたという。

アートとしての自由さは
社会的メッセージと共存できる。

「でも震災から8年が経ち、ようやく彫刻作品と自分の中にある想いが融合できるようになってきたような気がするんです。アートとしての自由さの中にも社会的なメッセージを持たせることができると思い始めたんです。震災で大変だったことを、今自分たちが言わなくなったらもう終わってしまうんじゃないか、風化し見えなくなってしまうんじゃないかという気持ちにかられ、パンドラの箱を開けようと思ったんですね」。福島第一原発が爆発した瞬間の緊迫感、切迫感。その時の感情をうやむやにするわけにはいかない。金沢21世紀美術館で開催された「もやい展」では、そういった瞬間の心象を作品に表出させて、安藤さんは初めて思い切り負のエネルギーを放つ作品を展示した。「でもね、思い切り負を出すと、すごい光が生まれちゃうのかなとも思っています」。

若い人のエネルギーが
自然と放出される場所に。

2019年1月に半月間、安藤さんは夫人である長谷川浩子さんと天理本通商店街の中にあるギャラリー「Art-Space TARN」で二人展を開催した。普通の美術館なら “触れないでください” が基本の展示のところ、お二人の作品は撮影もOK、触ってみることもOKと異例だった。「あれは全然触ってもらっていいんです。アートと聞くと遠いもののように感じるかもしれませんが、商店街にあることで身近に感じていただけるかなと思っていました」。安藤さんは商店街の中のギャラリーについて「船は小さい方が小回りが利いて良い。また、若くて一生懸命な作家に光を当てるような場所になってほしい」と自身の想いを話してくれた。「若い人の作品はよくも悪くもピリピリとした同時代性のリアリティがあって、そういうものは社会の宝だと思うんです。そういうパワーが商店街から発信されるってすごいことです」。この場所の勢いが天理だけでなく、京都や、関東まで広がっていき、いい“気”が天理に流れ込んでくることを安藤さんは期待している。

 

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