てんりせいかつ

てんりせいかつ VOL/46
森のようちえんで育まれる世界。
―前編―

くらし
2023.11.24

第46回

森のようちえん ウィズナチュラ・保育士

佐野有賀 氏

「てんりせいかつ」では、天理で自分らしく暮らし、活躍されている方々を訪ね巡りご紹介しています。今回は、奈良で「伝えるを育む」をテーマに活動する編集ユニット「TreeTree(ツリーツリー)」との連携企画として、昨年開かれたTreeTreeの編集講座を受講した高原地区在住の村田飛花さん(編集:赤司研介氏)が寄稿してくれた記事になります。

今回村田さんがお話を伺ったのは、「森のようちえんウィズ・ナチュラ」で保育士として働く佐野有賀(ゆか)さんです。

「森のようちえん」とは、自然体験活動を軸にした子育て・保育、乳児・幼少期教育の呼称で、デンマークのある一人のお母さんが始め、ドイツなどヨーロッパ各地に広がりました。

「森」はいわゆる森林だけでなく、海や川、野山、畑、都市公園といったフィールド全体を指し、「ようちえん」は、0歳から7歳ぐらいまでの子どもたちが集団で活動する場を指します。通園型・イベント型という大きく2つの形態で、日本では約300の団体が「森のようちえん全国ネットワーク」に登録し、それぞれに活動しています。

佐野さんが所属する「森のようちえん ウィズ・ナチュラ(以下、ウィズ・ナチュラ)」は、2010年に葛城市でイベント型からスタートしました。2019年に活動拠点を天理市高原地域に移した現在は通園型となり、県内各地から19組の家族が通っています。

保育を通じて、高原地域に

受け継がれてきた文化を学びたい

天理市の東部、どこにいても水の音が聴こえてくる長滝町は、自然環境の豊かさと共に、暮らす人々の温かさや共助しあう文化的豊かさが感じられる地域です。

長滝町に佐野さんが移り住んだのは、2019年の初夏のこと。それまで明日香村や桜井市を活動の拠点としていたウィズ・ナチュラのフィールドが天理の高原地域に移ったことがきっかけでした。

豊かな自然や環境の中で、代々大切に受け継がれてきた営みや伝統行事、地域に根づく様々な文化を、子どもたちと一緒にイチから学んでいきたいと感じた佐野さんは、移住を決意しました。

移住後、佐野さんは地域の神事や集会に積極的に参加し、関係性を築いてきました。そのなかで、長滝町の皆さんが、どんなことも自分のことのように考える姿や行動力に心打たれたといいます。郷土愛の深さに触れ、いつからか地域の方が抱いている夢を共に叶えたいとも思うようになりました。それは、佐野さんが描きたい未来と重なる部分がありました。

そんな長滝町に住みながら、日々移ろう豊かな自然の中で、佐野さんは子どもたち一人ひとりが持つ可能性の芽が出るのを信じて見守る保育士として活動しています。

ウィズ・ナチュラの保育理念は、「子どもひとりひとりの持つ無限の可能性と成長のプロセスを信じて見守る」というもの。この「見守る」が特徴のひとつで、子どもたちは大人たちに見守られた環境で、何をするか、何をしたいか、自分で考え、決断し、自分で自分を育てていきます。

その過程で、自分の気持ちが見えなくなり、心が迷子になることも。そんなとき、佐野さんは心の声を一緒に探してくれる存在なのです。

ウェルビーイングを探求し、

子どもからの学びを分かち合う

ウィズ・ナチュラに通う子どもたちは、佐野さんのことを「ユカ」または「ユカさん」と呼び、先生と生徒ではなく、ひとりの人として対等に関わり合います。佐野さんは「保育とは生き方であり、在り方、そして未来そのもののように感じている」と言います。

「私が目指しているのは、一言で言うとウェルビーイングな社会をつくることです。ウェルビーイングとは、心の豊かさを基に、心身・社会・自然界を含めたすべてが調和し満たされた状態のこと。それを創るために、何か課題が見えたときは「対話」を重ねて、みんなで「最適解」を考えます。そうして、毎日森の中で子どもたちと実践検証しています。」

「大袈裟に聞こえるかもしれませんが……」と前置きして、佐野さんは言葉を続けます。

「森の保育を通じてウェルビーイングを探究するなかで、少しでも自分も社会も地球も幸せになる力を学んでいけたらと考えています。そんな小さな積み重ねが「世界の平和」に繋がっているんじゃないかと思っていて、その思いを子どもたちと、大人たちと、切磋琢磨しながら楽しく体現していけたらうれしいですね。」

たったひとりの力では難しいことも、コミュニティとして繋がり合いながら生きていくことで、関係性が深まり、互いが溶け合うような調和した社会の一部になっていく。そんな夢を佐野さんは抱いています。

「私はありがたいことに、毎日保育現場に立たせてもらい、そこで子どもたちが関係性を育みながら拡げていく奥深い世界を感じさせてもらっています。子どもたちとの時間は気づきと学びの連続で、胸の奥が熱くなる大切にしたい感覚に出逢います。大人の心が動くほどの力が、子どもたちの生きる姿にはある。大人になって改めて、人として、子どもから学ぶことが多くあるように感じています。」

あるとき、元保育士の大学の先生がウィズ・ナチュラを視察に訪れました。そのとき、その先生はこう言ったといいます。

「私が追求してきて体現できなかったものが、ここにある。ありのままの自分を表現することが許され、周りにいるスタッフも子どもたちも、すべてを自分ごととして捉える環境がつくられていて、またその子が何をしたかではなく、心の経験が皆に共有されている。これまで「保育は未来をつくる最前線」と言ってきたけれど、それを目の当たりにしました。」

この言葉は、現場に立ち続ける佐野さんを勇気づけ、背中を押してくれる出来事になりました。

「研究者の皆さんが共鳴してくださるような世界が、ここにはあるのだと思います。幸せになる教育を、私は日々、子どもたちとこのコミュニティで体現し、探究させてもらっているからこそ、その世界に触れさせてもらえている。そしてこの先に続くさらなるウェルビーイングな世界を皆さんと見られる日を楽しみに、これからも現場に立ち続けたいと思います。」

そんなウィズ・ナチュラの保育の現場には、どんな世界があるのでしょうか。佐野さんはこう話します。

「強いて言うなら、お互いの声を聴き合い、知り合うことを続けた先に体現できた世界があるのだと思います。際限のないその世界を私は知りたいし、どこまでも見てみたい。そして今、私が体験させてもらっていることを、ここだけに留めておくのではなく、できるだけ多くの子どもたちや教育に携わる皆さんと共有できたら……と考えています。」

次回の後編では、佐野さんがなぜこのような保育を志すようになったのか、佐野さんのパーソナリティやそれを支えた原体験などに光を当てていきます。

後編へ

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