てんりせいかつ

てんりせいかつ Vol/31
里山の古刹で、
大地獄絵を話すお寺の「ぼん」
―前編―

歴史
2021.11.12

第31回

長岳寺 住職
北川慈照 氏

「てんりせいかつ」では、天理で自分らしく暮らし、活躍されている方々を訪ね巡りご紹介していきます。今回は、天理市柳本町の北川慈照さんです。かつて学校で教えていた北川さんは千二百年の歴史を持っている、真言宗のお寺・長岳寺の住職です。お寺で育った経験、住職の仕事、長岳寺の地獄絵について伺いました。

導いてくれる猫と、お寺の「ぼん」。

天理市柳本町の長岳寺。龍王山の麓に、山の辺の道沿いにある真言宗のお寺です。春にはピンクのツツジと紫のアジサイが長岳寺の長い参道沿いに咲き、蝶々や蜂が花から花へ行き来します。秋には境内の紅葉が大きな池の水面に赤く映ります。一年中、お寺の猫が参道と境内をうろうろしています。

「どうぞ、中へ入ってください」とご住職である北川慈照さんは私たちを迎えてくれました。受付のカウンターで日向ぼっこをしていた猫を見て、ご住職はかつての猫のことを話してくれました。「団体さんが来た時、しっぽを立てて、本堂まで案内してくれましたな、ハナちゃん」と北川さんは優しい笑顔で思い出しました。ハナちゃんは人懐っこくて、お寺に来られた人に人気を集めました。「ある時、ご寄進の箱に、一万円が入っていた封筒に『ハナちゃんたちへ』と書いていましたね。きっと有名な猫。『ハナちゃんいますか』と聞いた人もいましたね」。

昭和17年に長岳寺に生まれた北川さんは、戦中に生まれて、戦後に育った世代です。柳本町には、かつて大和航空隊の飛行場があったそうです。「その兵隊さんがたくさん来ていた、兵舎みたいなものが境内のあちこちにありましたね」。小さい頃から「お寺のぼん」と呼ばれた北川さんは、ゆくゆくは長岳寺の住職になるとよく言われました。「いつも父から『お前、大きくなったら、このお寺を継ぐで』と、マインドコントロールがずっとありましたな」とご住職は笑いました。高野山大学を卒業して、修行をしてから、北川さんは27年間、奈良県の吉野、洞川、生駒などの学校で社会科を教えました。50歳のころから長岳寺に戻り、父親からお寺を継ぎました。

季節を感じさせる本堂

住職になって、30年を迎えた北川さん。お寺の維持管理、檀家さんの法事、人の案内をする日々を送りながら、ご住職は毎朝、本堂で拝みます。本堂の舞台からは、大きな池や鐘楼門のある境内を見渡せます。「やっぱり本堂からの眺め、一番いいですね」とお気に入りの場所を教えてくれました。「私は10分ぐらい、あこで座って、ぼーとしますね。新緑の頃もいいし、紅葉も日に日に濃くなっていく、風が吹きます。雨の日もいいし」。風に耳を澄ます時間、肌で感じる季節。毎年、紅葉の鮮やかな色彩が近づく頃、北川さんはその本堂でもう一つの大事な仕事をします。

大地獄絵を開帳して、
絵解き説法で伝えたいこと

毎年の秋には、長岳寺の本堂で「大地獄絵」が開帳されます。約500年前に狩野山楽によって描かれた絵は縦に3.5メートル、横に11メートルで、掛け軸9幅から成り立っています。他に見ない精緻な描写で冥界のすさまじい情景を見せています。誰が見ても、感動するのだろうけど、一般の人にとって、分かりにくいところがたくさんあります。「私自身は意味が分からなかったから、『見とってください、見とってください』と言っただけです」と北川さんは思い出しました。「来た人に説明ができなくて、申し訳なかったから、私はいろいろを調べました」。

約20年前から、北川さんは大地獄絵を開帳する期間中、絵解き説法をしています。墓地から入る冥界、十王の裁判、三途の川、十界の情景を順番に紹介します。「それがどんなものか、どこへいくか、なぜそうなっているか。そういう話をざっとしますね」とご住職は説明しました。

歴史好きな大人も、修学旅行の子供たちも、様々な人が大地獄絵を見に来ます。子供たちと話す時、北川さんは教員としての経験を活かします。「子どもたちに、『昔の人たちは死んだのちの世界をこんな風に考えていたんですよ』と言います。そして、『いじめっ子をする奴はここや。。。けちん坊はここや。。。喧嘩ばかりをする子はここや』とかね。私は27年間教壇で話していたから、十分脅かしています」と苦笑いを見せました。「そしたら、次の日に学校から電話がかかってきてね、『先生ね、あの悪さんぼは今日はやけにおとなしいです』って」。子どもへの説法は大人に人気があります。「年寄の方はそれを見て、『今度、孫を連れて来ますね!』と言いますよ」。

この里山のお寺をずっと見てきた北川さん。人とふれあい、笑いながら、長岳寺の文化財を後世に伝えています。「まじめ和尚のズッコケ説法」に関する想い、ご住職が日常的に大切にしていること、長岳寺の役割を続いて、後編で紹介します。

==>後編に続きます

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