てんりせいかつ

てんりせいかつ Vol/32
大地獄絵の教訓と、
心を静める景観
―後編―

歴史
2021.11.19

第32回

長岳寺 住職
北川慈照 氏

「てんりせいかつ」では、天理で自分らしく暮らし、活躍されている方々を訪ね巡りご紹介していきます。今回は前回に引き続き、天理市柳本町の北川慈照さんです。長岳寺の大地獄絵で伝えたいこと、住職として大切にしていること、お寺の役割について北川さんに伺いました。

絵解き説法と大地獄絵の教訓

天理市柳本町、山の辺の道沿いにある長岳寺。ご住職である北川慈照さんは約20年前から、毎年の秋に「大地獄絵」の絵解き説法をしています。狩野山楽が描いた、地獄の図柄を紹介してから、北川さんは大地獄絵について、もっとも伝えたいことを話しました。「この絵が単なる来世の世界だと思ったらいけませんよ。実は、これは現代社会の絵ですよ」とご住職は忠告してくれました。原爆が落とされた広島や長崎。ナチスのホロコースト。世界の戦争やテロの事件。北川さんは大地獄絵の内容を私たちの世界にある悲しい事件とつなげて、話しました。「あれらが、まさしく地獄でしょう」。

ご住職は続いて、人の心の中にある六道について話しました。「餓鬼道の世界、これは欲望にとらわれた世界です。満たされても満たされても、欲求をします。また、修羅道の世界は争いの世界でしょう。競争社会でしょう。例えば、会社の中で同僚同士は激しい競争をされていますね。その中で身も心もボロボロになります」。大地獄絵を見る時は、自分の生き方や自分の心を見直す機会です。大きな仏像の前に、お香の香りがする本堂で。

空しくやって来て、満ち足りて帰る

長岳寺が真言宗のお寺なので、弘法大師の教えを人に伝えることが最終の目的だけど、北川さんはまず、人とのつながりを大切にしています。「私にとって一番大事なのは、来た人が少しでも、心が穏やかになってもらうことですね。いろんなしがらみ、みなさんはあるでしょう?仕事でもお家でも。このお寺ではそれから解放されて、自己を取り戻してもらうというかな。そのお手伝いができればいいと思います。そして、できるだけ、そういう方に仏像や仏教の話をしたいです」。

時々、何かの理由があって、難しい顔をする人もいるけど、北川さんはいつもそんな人に声をかけるようにしています。「一言かけると違いますね。『今日は、お天気がいいですね』。そういうちょっとした言葉だけで、ずいぶん変わってきます。そういう人たちは、お寺で満たされて、帰っていく。そういうちょっとした、心のふれあいを提供するのが我々の大事な仕事だと思っています」とご住職は話しました。簡単な挨拶だけでも人の気分を覆す力があります。こういう心のふれあいを必要とするのが、人間の貴重な特徴かもしれません。「しがらみを離れたら、人間はやっぱり本来、お互い親しくしたい、助け合いたいです。だから、人間の世界が成立してきた、動物と違いますね」。

心を静める景観と文化財を、
後世に伝えていく

季節の色彩がめぐってくる里山。数メートルの弘法大師がそびえ立つ杜。猫が日向ぼっこをする参道と境内。時代が変わっても、長岳寺は日常のしがらみを離れるところです。「みなさんは、半分パニック状態ですね。そんなところから、いったん離れて、もう一度心を静め。。。リセットしてもらいます。そのために、お寺、千何百年の建物があり、仏さんがおられます」と北川さんは話しました。「うちのお寺はそういう役割を社会的に持っているのではないか、と思います。そんなことで、お寺が維持されていくのです。それにより、景観も維持され、文化財も後世に伝えていくのです」。

長岳寺には、仏像、鐘楼門、旧地蔵院のような重要文化財があります。「ものが古いから、文化財になったとよく思わはるけど、それは違います」とご住職は説明しました。「その技術を後世に伝えるために、文化財になっています」。

お寺と文化財だけではなく、この地域ならではの歴史と風景を後世のために大切にしたい、と北川さんは話しました。「日本の国家の発祥の舞台となったところ。古墳とかね、万葉の世界が広がっている、素晴らしいところだ。まだまだ日本の原風景が残っている場所で、こういうものを大事にせなあかんと思います」

 

==>前編 Vol/31 里山の古刹で、大地獄絵を話すお寺の「ぼん」

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